2008年2月29日金曜日

Be innovative! イノベーションは誰にでも起こせる (NBonline「経営新世紀」 2007/07/27)

本連載第3回「メールの効用」で、メール仲間の黒川清・内閣特別顧問(日本学術会議前会長)と石倉洋子・一橋大学ICS教授と西岡郁夫の三人で、若いビジ ネスパーソン対象に「イノベーション」に関する鼎談をやることがメールでパンパンと決まった、という話をした。その鼎談の中身に関しては次回で紹介するこ とにして、今回はその鼎談でいろいろ感じた西岡自身の思いを綴っていく。
 まず、イノベーションとは何か?
 シュンペータが論じるようにイノベーションは技術革新に限らない。サービスやマーケティングや資金調達のイノベーションもある。日本企業の競争力を向上 させることを目的として、一橋大学ICSの竹内弘高教授がマイケル・ポーターを口説いて創設したポーター賞の、昨年の受賞企業の中には中古車販売のガリ バーや中古書籍販売のブックオフが含まれる。これらの会社はビジネス・モデル・イノベーションという点から高く評価されたのだ。
 私は歴史上でもっともイノベーティブな人として坂本竜馬が好きだ。列国の経済力や軍事力に対抗するためには、鎖国に拘泥する幕政に終止符を打って市場経 済を導入するべきと、脱藩をしてまで立ち上がったのだから、正に創造的破壊の象徴だと思う。織田信長もクロネコヤマトの小倉昌男さんもイノベーターだ。技 術革新とは無縁なところにイノベーターはいっぱい居る。もちろん、イノベーターとしての大小もいろいろだろう。しかし、大切なことは、そして本稿で言いた いことは「イノベーションはこうした歴史上の大物だけのことではない」ということだ。「誰でもがそれぞれの持ち場でイノベーティブであるよう努力できる」 のだ。そして、小さいイノベーションの積み重ねが社会のイノベーションに繋がる。
 野中郁次郎一橋大学教授は:(前略)「イノベーションの本質は、人間が自分の主体的な思いを貫いて実現するために、全人格を懸けてあらゆる障害を越えて いく、そんな全人的なコミットメントにあるのではないでしょうか。いくらきれいな資料を作って見事な分析をやったところで、だから何なんだ、何をやりたい んだ。こう申し上げたいんですね」(後略)と言っておられる。
 「全人格を懸けて」「全人的なコミットメント」と聞いて臆することはない。「歴史的な創造的破壊だけがイノベーション」と言われているのではない。恋人 を愛するのに全人格を懸けるだろう。会社における自分の小さな所属から「全人的なコミットメント」をもって新製品提案が出来るし、マーケティングプランを 提案できるのだし、この中から歴史的なイノベーションも生まれるのだ。日常のイノベーションの積み重ねがなければ歴史的なイノベーションは生まれない。
 ところで「全人的なコミットメント」の提案は、ネットでデーターを収集したりグラフにしたりしながらパワーポイントでカッコいい提案書類を作ることとは 根本的に違う。かつてインテル時代に、パソコンを普及させるためにパワーポイントの便利さを説いて回った本人としては忸怩たる思いではあるが、最近、自分 自身はパワーポイントを卒業した。いや、むしろクビにしたと言うべきか。パワーポイントは便利だが便利すぎて上滑りになる。大したことのない内容がカッコ だけ良くなる。下らない提案が文字を大きくしたり、色を変えたり、写真を加えたり、効果を付けていると恐ろしいことに内容があるように見えてくる。これは 怖い。部下が鼻歌交じりに作った「全人的なコミットメント」のないパワーポイントの資料を眺めて、それに基づいて文句を付けるだけで全社戦略を策定してい る経営幹部が日本に溢れている。こんな経営幹部に「全人的なコミットメント」はない。
 「全人的なコミットメント」のない部下の提案に「全人的なコミットメント」と危機感のない幹部たちが大企業の戦略を決めていく。これでは日本の大企業からイノベーションが生まれないのは蓋し当然であろう。

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