「IT道具箱」はITに関するお話を綴っていくのですが今回はちょっと寄り道です。
5月30日にNBonlineの1周年記念行事
(http://business.nikkeibp.co.jp/special/0705sem/index.html) があり、その中で花王の元社長・会長を務められ7期連続の増収増益を記録された常盤文克さんと「社員が燃える新日本的経営」というテーマで対談をしまし た。折角ですので、今回から2回はその対談を二人の対談形式そのままで、必要な修正と追加を加えて、臨場感を合わせてお伝えしてみたいと思います。
西岡●私はベンチャー・キャピタル(VC)の社長をしております。VCはご存知のように、将来性のあるベンチャー(VB)に出資する仕事です。中でも私ど もはちょっと特殊なVCで、単にお金だけを出してVBが頑張るのを待つのではなく、VBが頑張り易いようにいろいろ支援します。
特に、VBが一番助かるのは営業力や量産力を補完してくれる大企業とwin-winで協業できることですから、私たちは私のシャープ時代やインテル時代 に培った人脈を全面的に使って大企業とVBの間のマッチメイクをします。お蔭様で私から大企業の社長にお電話やメールでお願いしますと、少なくとも最適任 の常務取締役事業本部長といった幹部を紹介してもらえます。場合によっては高名な社長自身が直接VBの話を聞いてくれます。こんなすごい人に直接話を聞い てもらえるということで、VB経営者の足が震えている時がありますよ。
ところが、最近大きな問題があって悩んでいます。VB側は大企業幹部にプレゼンができるということで一生懸命準備してきます。一方、大企業側はたとえ ば、本部長だけではなく、副本部長、部長、課長、係長、一般の担当者と大勢が出てきます。そして、VBが一生懸命話をし出して10分も経つと、幹部以外は ほとんどの人が腐った魚の目のようなドローっとした目になってくるのです。
技術が大したことがないというのならドロッとしないで、そう言って欲しいのですが、ただドロッとした目で話を聞いています。そんな大会社がいっぱいあり ます。ほとんど全てといっても過言ではないかも知れません。これが一番の悩みです。VBの新しい技術を活用して「よし、一丁やってやろうじゃないか」とい うような意気込みの欠片も無い。ピカッと光る眼をしていない。
技術を評価する前に、「イヤだなー、また難しい仕事が増えるかも知れないなー」というような顔をしているんです。景気の回復で業績急上昇の報に接するこ との多い今日この頃ですが、大企業の内部では実はむしろ従業員の心の腐敗が進んでいるのではないだろうかと、深刻に心配しています。
今日は、こういう問題意識の下で、常盤先生とこういうことをどう解決していったらいいのか、日本の経営はいったいどこに行くのだろうか、新日本的経営とはどういうものなのかということを話し合いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
常盤●今日は西岡さんと色々お話しさせていただくことになっておりますが、その前に、私が最近気になっていることをお話ししたいと思います。それは、世の 中が“デジタル社会”と称して社会も企業もデジタルの方向にどんどん傾いていることです。デジタルが悪いという意味ではありませんが、あまりにも傾きすぎ ているのではないか?アナログの方にちょっと針を戻さなければならないのではないか?と考えています。
たとえば“見える化”とか“測る化”とか、何でも見よう、デジタルの数字で表そうと懸命になっています。しかし、物事とか事象はそもそもアナログです ね。色々なものが混ざっている。そこからデジタルなものだけ引き出して、無理に数字にして見えるようにしてしまう。これはこれでできる限りやったらいいと は思いますが、デジタルで持ってきたものを、いかにも元の本体であるかのような錯覚を起こして、デジタル化したものが一人歩きしていってしまう。
たとえば会社の評価というものも、売上や利益や株価、あるいは株数と株価を掛けたものが株式時価総額として企業の価値だというように会社を見るように なってきてしまっています。私はデジタル化しなかった部分、つまりアナログの部分に物事の本質が隠れていると思います。いわばデジタル化できなかったアナ ログの部分に、企業の、あるいは社員の最も良質な心というか感性の部分が取り残されてしまっているのではないかと。今日の対談では、この切り落としてし まったアナログの中に、実は仕事の本質があるのではないかということを申し上げたいと思っています。
お金を中心に物事を考えていくと、デジタルな数字を追うようになる。しかし、その対極には人の心があります。この心の方に中心を置いた企業の経営がある のではないか。つまり、働く人たちの仕事のしがいや仕事を達成した時の喜び、あるいは作った物を使っていただいて感謝された時の喜びを大切にしなければな りません。しかし、こういうことが本当にうまくいっているのか、私はどうしても気になって仕方がないわけです。
夢を追いかける時、人は燃えます。いくら株価が上がっても社員は燃えません。この辺のところをこれからの企業の軸にして、人の幸せ、従業員の働く喜びを 尊重しながら、一方でちゃんと利益も上がっているという会社が、中小企業にも大企業にも沢山あります。このあたりが、本日のテーマに掲げられている『新日 本型経営』を探っていく1つの切り口になるのではないかと思っています。
もう1つ、ビジネススクールやMBAのコースではビジネス戦略から始まって色々なケースを勉強します。これをいいとか悪いとか言うつもりはありません が、そのアプローチの中で、我々は仕事を細かく分析して数字を付け、理屈を付けて、仕事を分解してしまう傾向があります。ビジネスは本来科学ではないの に、科学にしようとして、どんどん細かく解析的にしてしまいます。本来仕事とはアナログであり、もっと包括的にとらえようとか、そこにはお金ではなく人の 心が宿っているということに目を付けなければ、今のビジネススクール的な教育の中には日本的な企業の強さは出てこないのではないかという心配もしていま す。
西岡●常盤さんのお話の中で、中小企業の中に本当にきらっと光る会社があるというお話がありました。以前、私が「すごい会社がありますよ」とご紹介し、常盤さんにも見学していただいて、ご本にも取り上げていただいた……。
常盤●東海バネ工業ですね。
西岡●はい、会場のみなさんにも日本企業の本当の強さを体現する会社の例として東海バネ工業のご紹介をしたいと思います。
本社は大阪、工場は新大阪駅から近い北伊丹にあります。バネを作る会社です。バネにはコイルバネや皿バネがありますが、ほとんどのバネメーカーは他社の 製品と同じ、特徴の無いバネを大量生産・薄利多売で売るため、バネはコモディティ商品となっています。中には単価が1円を切るものもあるそうです。その中 で、東海バネ工業は、たとえば、皿バネ1つ15,000円あるいはもっともっと高い価値を認められて商いをしています。たとえば、放送用ビデオカメラの開 発技術者が新しいメカを開発したいとき、量産メーカーのカタログには欲しい特性のバネは載っていません。そういう時、東海バネ工業に問い合わせればちゃん と作ってくれるんです。
しかも、実験用には1個か2個しか必要ないでしょう。そういう微量の特殊なバネを新規に開発するのが東海バネ工業の得意技です。納期もピッタリ合わせま す。原子力発電所や台北の高層ビル101や何トンものプレス機で600万ショット以上を実現しようとすると東海バネ工業にしか適応するバネは作れないと言 われています。よそにないものを新しく開発する。多品種微量生産を得意としているのです。IT経営百選最優秀賞に選ばれるなど経営へのIT活用も活発で、 業績もすこぶる好調です。
私はここの見学ラインを見てびっくりしました。2人の若者が真っ赤に燃えた太くて長い鉄の棒を炉から火箸で挟んで取り出し、6軸制御という世界でここに しかない制御器に乗せるんです。あとは自動的に巻き取ってすごいバネができます。この職人さんたちが特殊鋼を置いて自動機のスイッチを押しながら私たちの 顔を「Any question?」という顔で見るんです。
もう少し行くと今度は少し年配の職人さんが、真っ赤に燃えるコイルバネを炉から出してスパナで最後の調整をするんですが、また「Any question?」という顔をするんです。みんな自信たっぷりで顔が輝いています。渡辺社長の偉いところは、職人さんたちに働く喜びを与えていることで す。ああいう仕事をしている職人さんたちは泥まみれ、汗まみれになって働いて、家に帰ったら「ただいまー!!」と言っていると思います。そして奥さんが用 意した晩酌を美味しく飲んでいると思うんです。嫌々ながら仕事をさせられている人間とは全然違うんです。ここの職人さんは「俺が作ったバネが、あのビルの エレベーターを支えている」と使われている現場を知っているんです。さっき常盤さんが言われた、人が光っているし、職場が光っている、そういう例じゃない かと思うんです。
常盤●僕も東海バネの工場を見せてもらった時に感じました。これもアナログの話なんですが、要するに気が漂っているんですね。人って分かりますよね、目玉 が輝いているとか。気とは元気の気ですが、その工場全体に気が漂っている。今、職人さんが素晴らしい腕だというお話がありましたが、それだけでなく、現場 で原料を出し入れしているおじさんの目も輝いていた。原料を出し入れしているだけだけれども、「俺が使っている原料はこんなに素晴らしいんだ」とか「こん なに仕事に苦労があるんだ」と一生懸命説明してくれました。やっぱり仕事の本質はこういうところにあるんだな、これを今の企業は忘れているのではないかと 思います。利益も売上も株価も大切です。しかし、それだけではないだろう。こうやって自分の生き方と働き方、そして自分の人生を重ね合わせて生きていくと いう生き方に新日本的経営の姿があるのではないかと本当に感じました。
こういう会社は他にも沢山あります。たとえば、豊橋に樹研工業という会社があります。この会社では社長さんが100万分の1グラムの歯車を作るんだと、 とんでもない旗を立てた。そしたら、社員がみんな挑戦するんです。別に大卒の秀才がいるわけではありません。みんな普通の方々で、その工員さんたちがすご い商品を作り出すんです。できたものを見せてもらいました。もちろん見えませんけれど。だいたい100万分の1グラムが見えたら嘘ですよね。ちょっと影が あるので、これだと信じざるを得ないんですが、精度はともかく人ができないことに旗を掲げるということがすごいですね。
「どうしてこんな小さなものを作るんですか?誰が買ってくれるんですか?」と聞くと、「いや、知らない。俺はこれを作りたいだけなんだ」と社長が言うん です。やっていることをインターネットで発信すると、世界中からお客さんが集まってくるというんです。これだけ細かいことができる会社は素晴らしいはずだ と、特にスイスあたりの会社がすごく注目してくれる。会社の素晴らしさ、技術に惚れ込んで注文が集まってくるというんです。しかし、社長は「俺はこれが嬉 しいわけじゃない。俺は100万分の1の歯車を、普通の工員さんたちが挑戦して作ってくれたことが嬉しいんだ」と言っていてね、これはすごく大切ですね。
私は最近“コトづくり”ということを提唱しています。“コト”とはリーダーに夢がある、思いがある、こんなことをやろうよと夢を掲げ、社員たちがそれに共 鳴して挑戦する雰囲気です。しかし、それを実現する仕組みや仕掛けがなければ、いくら夢を語ってもしょせん夢は夢のままです。その夢を実現させるような仕 組みを作るのが上手なんですね。そこに集中的に資金を投じる。あるいは、失敗しても、頑張れと背中を押して手を引っ張ってあげるとか。そういう社員を燃え 上がらせる仕組みの中から素晴らしいものが生まれてくるのではないかと思います。
先ほど東大の宮田(秀明)先生
(http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070614/127332/) のお話で、創造、創造といくら言ってみてもダメだという話がありました。確かに、会社ではよく「創造性を発揮していこう」と言います。私もだいぶ言ってき ましたが、これは全然有効ではありませんね。創造ではなく、湧き出てこないとダメなんです。“創湧”という言葉、つまり中から湧き出てくる、新しい燃える 価値のような仕掛けを作ること。もう一度繰り返しますと、“コト”とは、夢や熱い思いを実現する仕組みや仕掛けが詰まっている創湧の箱というイメージで す。その箱の中で仕事をしている人たちは素晴らしい。燃えている結果として利益が生まれてくるんです。最初に、儲けようというのではありません。人は本来 持っている素晴らしいものの10分の1も使っていないと思います。しかし、それを上手に湧き出せると素晴らしい会社になりますね。現にそういう会社も沢山 あるんです。
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