2008年6月27日金曜日
e-womanの佐々木かをりさんの対談に
その後、結婚して北海道の北見に定住し、社員10数名と130名のテレワーカーを組織するベンチャーの社長として大活躍しています。
佐々木かをりさんはe-womanとユニカル・インターナショナルの社長を務めるかたわらでフジテレビの「とくダネ!」のコメンテーターとしても活躍されていますので、みなさんよくご存じだと思います。
佐々木さんが毎年夏に開催される国際女性ビジネス会議では第2回目に基調講演をやらせて頂いたり、田澤さんと同じ対談にも登場したことがあります。
今回の対談では起業家として母として妻として獅子奮迅の大活躍をされる田澤由利さんのビジネス・パーソンとしてのHistoryに佐々木さんがきりこみます。お二人の出会いや田澤さんのキャリア・デベロップメントの中で西岡が何度も登場させてもらっています。
こっぱずかしいことですが、嬉しいことです。ご紹介します。
http://www.ewoman.co.jp/winwin/121ty_second/index.html
2008年6月11日水曜日
香港事情
そう言えば、インテル時代にアメリカ本社に出張で行くと冷房がキンキンに効いていて本当に寒かったものだ。そんな部屋で終日会議をするわけだから日本人にはたまったもんじゃないが、あちらの人たちは平気で、半袖のポロシャツで寒そうな顔一つしないのだ。
しかし、そんな風に寒さに強いのは自慢にならない。冷房による寒さに強いなんて愚の骨頂である。適度を超えた冷し過ぎを止めようとの声が何故大きくならないのだろう。
しかし、香港のエアポートエクスプレスは清潔で便利だ。成田空港からのJRエクスプレスは恥ずかしいですね。
2008年4月14日月曜日
電話のマナーを二つ
そもそも携帯電話はいろいろの理由で相手の声が聞きにくいことが多い。
我々の声だけを拾うべきマイクが、周囲の雑音も拾ってスピーカーから聞こえるので、肝心の相手の声が相対的に聞こえにくいという技術的な問題もある。むかし、雑踏で公衆電話を掛けるときには受話器の口元を手でふさいで周辺の雑音を拾わないようにしていましたね。受話器を当てない耳を塞ぐよりもずっと効果的でしたね。あの現象です。小さな携帯電話ではマイクが遮蔽出来ずに余計に雑音を拾って自分の耳に入ってしまうのです。
そして、相手の声が聞こえにくいと我々はついつい自分が大きな声で話すことになります。街中で携帯電話にペコペコ頭を下げながら声高に言い訳をいったり、部下を叱ったり、ゲラゲラ笑いながら頭を掻いたり、無作法だし、迷惑だし、恥ずかしいですねー! みんなでちょっと気を付けませんか。
もう一つは携帯電話に限らない電話の基本的なマナーの話です。
電話で話していて、要件が終わると直ちにガチャっと電話を切る人が多いですね。失礼ですねー!これは。
単に失礼なだけではなくて、要件が終わろうとする瞬間に「あっ、そうそう、もう一つお話がー、、、」と言いだしたとたんに相手は気付かずに「ガチャン」と切ってしまうことがあります。
このブログを読んで頂いている方々もちょっと振り返って見てください。
「だって、話が終わったら電話を切るのは当然」と思いますか?
私は電話を切るにもマナーがあると思います。
小学生時代だったと思いますが、私の家に初めて電話が付いたとき、「相手の人が電話を切ってガチャンという音を聞いてから自分も受話器を置きなさい。それが電話を使うときの作法です」と母親に教えられました。それ以来60年間、そうしています。いまでも相手が電話を切るのを聞いてからこちらも電話を切るようにしています。
もっとも私もすでに65歳、ほとんどの相手が年下になります。そして多くの人は敬意を払って私が切るまで電話の向こうで待って頂いているようです。ありがとうございます。だから滅多にはありませんが、偶にはあります。いつもそうする人は決まっているようです。人柄が表れますよね。
2008年4月11日金曜日
アレキサンダー大王とEngineering
高校時代に世界史を選択しなかった自分にとってアレキサンダー大王に関する知識は
① マケドニアから発してギリシャを征服した
② ギリシア軍を率いて東方に遠征し、ペルシャ、エジプトを征服後インドにまで遠征して途中急逝した
というまったく興味の湧かない史実のみである。
ところが、このTVをみてびっくりした:
アレキサンダー軍があんなに強かったのは「Engineeringを活用したためだ」ということである。まず、武器だ。父親フィリッポス2世も、敵軍の何倍も長い槍を持たせた歩兵部隊を四角い軍団にまとめて敵軍目指して押し出したり、手動が当たり前の弓矢を機械式に変えて飛距離と殺傷力を飛躍的に高めて当時の世界最強軍を作り上げ、ギリシャ制服を果たしたらしいが、父を継承したアレキサンダーはそれをもっともっと徹底したという。アレキサンダー大王行く所は常にEngineering Groupつまり技術団が付き添い、勝つための新しい武器、勝つための補助手段を考案して実行していったという。
紀元前300年代にである。たとえば、強大な海軍を擁するペルシャ軍の小島上の要衝(TVで島の名前を言ったが忘れてしまった)を攻めるとき、海に出ると強大な海軍に攻められるので、技術団は島に長さ1km幅60mの道を築き、要塞から矢を射かけるペルシャ軍に対して、「動く弓矢台」とでも言うべき6階建てくらいの移動式要塞を作り、小島の要塞に上から矢を射かけて敵をせん滅したとういう。
我々技術者は、たとえば、会社の新規事業を実現するために新製品や新素材や新製法を考案する。到達すべき目標に対して現状を分析し、問題点を明確にし、前提条件を明確にし、競争相手の実情を知り、それを超える技術や方法を考案し、試作し、実験し、問題点を改善し続ける。アレキサンダー大王の技術団もほとんど同じ思考方法を駆使したのだろう。しつこく言うが、紀元前300年代にである。大変感銘深い番組であった。
関連して印象に残った話が二つある。
① フィリッポス2世もアレキサンダー大王も征服したギリシャを蹂躙せず、むしろ、ギリシャ文明を敬い自分たちがその文化に同化しようとしたという。征服したペルシャでも部下とペルシャ人の集団結婚を奨励し、ペルシャ風礼式を取り入れ、代官にも現地有力者を任命したという、この包容力が東西融合のヘレニズム文化を産んだ。
② こうしてEngineeringが重要な意味をもったヘレニズム文化が勃興した当時、エジプトでは、すでに蒸気機関の原型が発明されていたという。にも拘らず、蒸気機関の実用化が18世紀の産業革命までまたなければならなかった理由は、当時のエジプトでは人件費が極端に安く、幾らでも人力を使えば良かったために蒸気機関の需要が見つからなかったからと言う。必要は発明の母なり。
面白い番組でした。
2008年4月8日火曜日
胸を張って歩こう
中国に出張した時、仕事仲間の中国の人が、「韓国人と日本人は遠くで見ていてもすぐに見分けが出来る」と言うのだそうです。
「胸を張って歩いているのが韓国人、うつむき加減に下を向いて歩いているのは日本人だ」と言うのが見分け方のノウハウで、百発百中ですと胸を張ったという。
この話を聞いて「そんなバカなー」と思いましたか?
「そうかも知れないなー」と思った人が多いのではないでしょうか。
その方が問題かもしれませんね。しかも、日本人が自信を失くしているという事実だけではなく、中国の人たちに日本人が自信を失っていると見られているという事実はもっと深刻な問題です。
経済競争力の中で交渉力は重大なファクターですが、「最初から自信なし」と見られていては交渉になりません。
みなさん、胸を張って歩きましょう。
そのために普段からトボトボと下を向いて歩かないで、左右の肩甲骨を引き合って、胸を張って歩きましょう。
2008年3月15日土曜日
二代目経営者ガンバレー!
① まず、松田雄一郎君。中学生のときに父親から「会社をやるかー?」と言われて決心した経営者の道を「経営者になるために生れてきたんだ」と26歳で社長を 引き継ぎ、今は32歳。工場を案内しながらプラスティック加工の工程を詳細に説明する眼は自信に溢れている。やる気満々の若大将には技術知識の習得も軽々 とこなせるのであろう。32歳で「本当にモノづくりの好きな若者に活躍の場を提供する」と言いきって見せる。頼もしいものだ。ご両親も会社の経営をすっか り松田君に託し、夫婦で気候の良いところで好きなゴルフ三昧とか。これも大会社の重役にはできないことですね。
② 次は中田寛君。中田製作所はアルミ加工を専門にする会社で、大学から銀行に進んだ中田君をお母さんが二代目社長への就任を懇願され、落とされたと笑う。入 社した息子に父親は厳しかったが、業界トップレベルの超精密加工50μ→10μ→8μと技術者の部下2人と挑戦し続け、業界に中田製作所の名を確立させ、 二代目社長に就任したという。他社に類を見ない高い技術力は会社の信頼を上げ、超精密技術を要しない分野での業績も向上したという。ここの工場を見て回る と他所との違いが歴然としている。職人たちの目が光っているのだ。良い仕事をしているのはその眼に力があるのだ。
③ 岩本明久君はモデル製作所の二代目だ。家電製品などの商品企画や開発の前段階で必要になるモデルをNC技術を駆使して製作するのが仕事だが、この会社の面 白いのは、まず岩本君自身が若い時に悪ガキ(元ヤン)だったこと。だからこの会社には元ヤンが何人もいるという。工場見学のときにもアゴヒゲを蓄えた喧嘩 の強そうな職人を結構見た。そして、元ヤンたちは今はみんな真面目で良く仕事をするという。一つのモデル作りを分業せず、最初から最後まで一人に任せる仕 事の仕組みがいい。任された若い職人はみんなが一生懸命で、ここでも職人が良い眼をしていた。ヤンキーと言われる若者たちは実は真面目だから自分をごまか せずにヤンキーになることが多い。だから根は真面目なのだ。心から信頼できる元ヤンの岩本を大将にして彼らは懸命に社会に役に立とうとして頑張っている。
その内にチャンスを見つけて彼らを西岡塾に呼んできます。
喫煙タクシーの導入を提案します
東京のタクシーが全面禁煙なんて、とっても信じられなかった嬉しいことが実現して来週には早1か月になる。しかし、今でも多くのタクシーはタバコ臭い。全 車にイオン洗浄が義務付けられたとは聞くが、これまで喫煙自由であった車両に染み着いた悪臭は簡単には除去出来ないし、運転手が客待ちの間に車外に出てタ バコを吸った直後の呼気やタバコの匂いの染みついた洋服があの悪臭の源のようだ。
先日も乗ったタクシーがもの凄くタバコ臭いので、「この車はタバコ臭いねー、禁煙のはずじゃないの」と聞くと、「東京のタクシーは全部禁煙ですよ。僕がさっき車外で吸ったばかりだから、それで臭うのですかねー」と澄ましたもんだった。
これまで禁煙タクシー専用乗り場を置いていた聖路加病院が12月から「禁煙タクシー以外乗り入れ禁止」の措置をして利用者に喜ばれていたのに、1月7日か らは事実上すべてのタクシーが乗り入れ自由になり、利用者はタバコの悪臭に悩まされているという。全面禁煙のために却ってタバコの害を受けるという皮肉な 事態に病院としても頭の痛めているという。
そこでこの際、思い切って「喫煙タクシーの導入」は如何だろう。「東京のタクシーは禁煙を原則とする」というルールのもとに「喫煙タクシー」も一定のルー ルのもとに許可する。ルールとは車に「喫煙車」と目立つようにサインを付ける。タクシーの中でタバコを吸いたい人はこの喫煙タクシーを選べばよい。運転手 も客待ちのときにはタバコを吸えばよい。自分は喫煙者だが車内のタバコ臭さは嫌いと言う人は普通のタクシーに乗ればよい。喫煙のドライバーは喫煙タクシー に乗務すればよい。その代り、普通のタクシーは車内の空気清浄化を徹底する。如何だろう。
飛行機や新幹線やレストランなど多くの人がいる場所では煙は漂っていくし、タバコの煙の粒子は極々小さいので煙害を完全にシャットアウトできる分煙システ ムはなかなか実現できない。加害者と被害者を足して2で割る分煙は非喫煙者を保護できないから禁煙が広がるのは当然なのだ。
しかし、タクシーは原則的に個室である。「喫煙タクシー」と大きく明記して利用者もドライバーも納得の上で利用するなら誰も迷惑はしないはずだ。
「禁煙とは喫煙を禁止する」ことではない。「禁煙とは非喫煙者をタバコの害から守る」ことである。喫煙者がまだまだ多い社会で、「本当の禁煙」を実効的に実現するために、思い切って禁煙車を導入することには一考の余地があるはずだ。
(PS)ルドさんと言うイタリア人のお友達とよく一緒に蕎麦ランチを楽しんでいる。「喫煙タクシーの導入」は蕎麦を食べながら議論をしていたときにルドが言い出した考えである。ルド、ありがとう。